色素性絨毛結節性滑膜炎→滑膜嚢腫
4月8日
朝イチで入院前のPCR検査をしに病院へ。陽性の場合にのみ連絡します、とのこと。お昼過ぎに電話を確認すると病院から2回度信が。もしかして陽性だったのか?手術は先延ばしになるのか?とドキドキしながら折り返すと、「入院する部屋が決まりました!」とのこと。できれば人数少ない方がいいです、と希望を出していたが、6人部屋に入ることになった。
もう少し進めておきたかった仕事もあるが、とりあえず今できることはすべてできた、と思う。夜に、インタビュアーを務めた「BUCK-TICK 35th ANNIVERSARY SPECIAL INTERVIEW」Vol.1が無事に配信されたのを見届け、4月9日に入院した。
4月9日
初めての入院だったので、貴重品は持っていかない方がいいのだろうと、預け金の5万円と、幾らかの小銭、クレジットカードを一枚、財布は自宅に置いて行った。……そのせいで診察券と保険証も置いて行くことに。初っ端から大失敗。部屋に着くとベッドごとにカーテンで間仕切りされていた。ドラマのような「今日からよろしくお願いします」みたいな交流があるのかと思っていたけれど、そういうものはなかった。荷物を整えるとすぐに昼食。検温、血中酸素と血圧の測定、しばらくしてから入院と手術の説明を受けると、あっという間に夕食の時間。この18時の夕食を最後に絶食状態に入る。
21時が消灯時間。こそこそと35th Anniversary“BUCK-TICK SUNDAY LIVE STREAMING” DAY10「THE DAY IN QUESTION 2011」を観る。
4月10日
同じ部屋の患者さんたちの朝食が運ばれてくるも、私はお預け状態。代わりに点滴が運ばれてきた。看護師さんが点滴の針を刺すわけだが、1回目左腕に失敗。2回目右手首に失敗。助っ人が現れるも、針を刺せる血管が見えないと、助っ人1、助っ人2も断念。3人目の看護師さんがようやく左手の甲に刺してくれた。「これは肉が多いせいですか?」と聞いてみたら、「手術前で緊張してるでしょ?緊張すると血管が細くなって埋もれちゃうんですよ」と言われた。なるほど、やはり緊張しているのかと自覚する。
予定時間になったので、最初に点滴を2度失敗した看護師さんにストレッチャーに乗るように言われ、手術室に運ばれていく。緊張しながら入って行くと、手術室にいた看護師さんが「まだ呼んでません!」と怒っている。前の手術がまだ終わってないらしく、一旦病室に戻ることになった。何度も謝られたが、私はというと“こんなことってある?”とマスクの下で笑っていた。
そして今度こそ手術室へ。予定では「下半身麻酔になると思う」と言われていたが、全身麻酔になるようだ。「点滴に麻酔薬を入れますよ。ちょっと違和感があると思いますよ」という麻酔医の言葉を聞きながら、無意識に左手をひらひらと動かした記憶がある。「眠くなってきますよ」と言う声を聞いたと思ったら、次に聞いた声は「手術終わりましたよ〜」だった。意識が朦朧とする中、病室に戻った。「わかりますか〜?」とかわるがわる声を掛けられている間に、急激に寒気が襲ってきた。ブルブル震えながら「寒い」と言った記憶がある。次に気がついた時はMAX状態の電気毛布にくるまれていた。
4月11日
朝8時の朝食が38時間ぶりの食事だった。味のついていないお粥だったけれど、美味しかった。しかし点滴はまだついたまま。トイレは車椅子で連れて行ってもらうという状態。夕方前になってようやく点滴が取れた。それと同時にリハビリの先生がやってきて、松葉杖の使い方を教えてもらった。手術痕は痛いけれど、自由に歯磨きやトイレに行けるのはありがたい。
そして4月12日、無事に退院した。この日はBUCK-TICKのニューアルバム『異空 -IZORA-』の発売日。CDショップには行けないだろうからと、ネットで注文していた3点が届いていた。痛みと闘いながらフル稼働した約3ヶ月間を思うと感無量の極み。『異空 -IZORA-』とともに忘れ難い日々であった。
4月21日
手術後の経過観察で大学病院へ。そこで初めて執刀医の先生に手術について聞いたところ、「色素性絨毛結節性滑膜炎だと思っていたんだけど、関節鏡で中を見たところ、もうちょっと安心度の高い“滑膜嚢腫”だった」とのこと。それで切開の予定が間接鏡の手術で済んだ、ということだった。手術前はもしかしたら全部取りきれないかも、と言われていたが、それもきれいに取り除いてくれたそうだ。一安心。
今はもう松葉杖も卒業して、のろのろとだけど歩けるようになりました。手術の傷の痛みさえなくなれば完治です。予定よりも小さな傷で手術してくださった先生、夜中でも明るく対応してくださった看護師さんたち、ありがとうございました。フラミンゴやゾウガメがいる一風変わった病院で癒しと面白体験ができました。そして、いろいろとサポートしてくださったcali≠gariチームの皆さんや、お気遣いいただいた皆様に感謝しております!